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*[etc]蕎麦・うどん

etc

母親が蕎麦嫌いだったために、郷里にいた頃は食卓に蕎麦が出ることはほとんど無かった。記憶に残っているのは1度か2度くらいなものだ。
嫌いだという理由は、いわく「のどに引っかかるような感じがする」とのこと。おかげで母親と一緒の外出では、食事のために蕎麦屋に入るということもほとんど無かった。観光地での一回だけのことを除いては。たぶん。


かわりに饂飩は、細いものから太いものまで頻繁に食べていたように思う。
冬は釜揚げ。地元の製麺所の生麺がスーパー・マーケットで売られていたので、それを買ってきて大きな鍋でたっぷりの湯で茹でる。釜揚げだと茹で上がってそのまますぐに食すところを、火を止めて蓋をしてそのまま10~20分ほど蒸らす。そうするとコシを残しつつもふわっとした仕上がりになって、湯量も多いので簡単には冷めずに美味い。そんな生麺だった。
つけだれは茹で汁を碗にとり、自家製の味噌で風味付け。それで十分に美味かった。薬味はたっぷりの大根おろしと刻みネギと七味唐辛子。どんぶり茶碗に持って、2杯も食べればしばらくは動きたくないくらいの満腹になる。余ったら、ザルにあげて軽く水洗いしてから容器なりポリ袋に移して冷蔵庫へ。そうして翌日の味噌汁に足す食材の一つになっていた。

そういや、鍋から饂飩を手繰りあげるための道具があったな、実家には。

親戚の家に行くと、パスタ・マシーンめいた格好の、うどん製麺器がそこにはあった。
小麦粉と水を合わせて練り、ある程度生地が落ち着いたらマシーンに通して平たく伸す。折りたたんでまた伸す。最後にローラーを段差のある歯に変えて麺として裁断。
そこでのつけだれは、煮干しで出汁を取った醤油味。なかなかパンチの効いたものだった。

さて夏場はというと、冷や麦。素麺ではなく、冷や麦。
これは乾麺だった。茹で上がったら水洗いして、適当な量に分けながら器に盛る。つけだれはゴマだれかクルミだれ。ともにすり鉢で油が滲むくらいにまですりおろしてから、味噌ベースで、醤油と砂糖で味を整え、水で薄める。薬味は七味唐辛子、刻みネギ、青じその葉を刻んだものなどをお好みで。ごまは黒ごまのほうが、麺の白色とコントラストが効いていいかもしれない。

思春期時代は、ほとんど饂飩で過ごしてきたわけだが、ある程度の歳になったら例外もできた。駅の立ち食い蕎麦だ。
成長期ともなると、空腹のままに帰宅するまで我慢しつづけるなんていうのは拷問にも等しいものだった。そんなときの選択肢の一つは駅蕎麦だった。チープなゆで麺を温め直しただけのものでも、ネギを遠慮することなくたっぷりかけられる場というのはありがたいものだった。


そんなこともあってか、上京してからは、特に就職してからは、わりと気ままに蕎麦屋に入るようになった。蕎麦屋と言っても、饂飩も出す店もあるから蕎麦ばかり選んでいるわけではないが、それでも郷里にいた頃に比べれば格段と蕎麦を食す機会は増えている。
ただ、そのほとんどは立ち食いとか、町の蕎麦屋とかそんなところだ。それはそれなりに、味の違いを比べて楽しむことができて楽しい。この店は鰹節が強く薫っているとか、かえしの存在感が強いとか、更級粉をぜいたくに使っているなとか、つなぎが「へぎ」だとこうも違うのかとか。などなど。

歳を考えると、そろそろ日本酒をたしなみながら蕎麦を食すような事にも挑みたいななどと思ったりもする。
幸いなことに、今住んでいるところは近場にけっこうそんな店があったりする。もちろん、蕎麦だけをすすりに行っても構わないのだが、ちょっとかっこつけて、シンプルな肴で日本酒を口に含み、仕上げに蒸籠で蕎麦を軽くいただく。そんな生活もしてみたいと思う今日この頃なのだ。