読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ヲタよ、想起せよ!

 原書、邦訳版ともにカヴァー・アートが映画「パシフィック・リム」を連想するSF長編『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』(ピーター・トライアス 著、中原尚哉 訳、早川書房)を読み終えた。この時期に、ようやくだが。


www.hayakawa-online.co.jp

 イラストは、ほんとうにパシフィック・リムで活躍したイェーガーを思い出させる。

http://www.gizmodo.jp/images/2016/08/160809_usojp7.jpg


 ただし、本作中でのこういった「メカ」はメインの存在ではない。それでも読んでいて残る印象は大きいが、もっと根本にあるのは、第2次世界大戦で日独が勝利して、アメリカを分割統治する世界、そう、フィリップ・K・ディックの『高い城の男』と同様の設定の作品世界だ。
 『高い城の男』では、作中人物のホーソン・アベンゼンが記す小説「イナゴ身重く横たわる」が、アメリカが勝利した世界 (すなわち読者のリアルにリンクする世界) を示していて、その存在を徴づけるのが易経なのだが、『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』(以下『USJ』)では、「USA」というゲームであり、その媒体としてのツール、「電卓」だ。

 「電卓」は、巻末での大森望氏の解説によると、

 パーソナル・コンピューターやスマートフォンのかわりに、電卓(原文は、portable calculator を縮めた portical という造語) と呼ばれる携帯端末が高度に発達したジャパネスクなハイテク世界を背景に、ポストサイバーパンク的なノワールを展開する点も、『高い城の男』との大きな相違点。

とある。読んでいるとこの電卓は、スマートフォン様な高解像度大画面のようだが、ハードウェア・キーも備えていて、感覚的にはどちらかというと「ケータイ」に象徴されるフィーチャーフォンのような感じもするし、機械制御のような動作もしているので、CPUチップのような一面も有しているようだ。
 それでも電卓が人々に行き渡り、生活の中で欠くことができない存在であるのは読者側の現実にも通底していて、スリリングなリアリティを生み出している。



 余談ながら自分にとって電卓といえば、ドイツ人のエンジニア的なアーティストからもたらされるものというイメージがとても大きい。

www.youtube.com

 ただ『USJ』の作品世界中ではこのようなライブは公式には行われることはないだろう。なぜなら、ドイツとは同じ戦勝国でありながらも、世界統治をめぐって覇権争いを繰り広げているようで、文化交流はそんなに深くはないかもしれないからだ。



 閑話休題


 先に引用した大森望氏の文章からも伝わるかもしれないが、『USJ』は『高い城の男』の続編ではないし、同一の世界の物語でもない。設定の根幹となる部分の一部が同じシチュエーションではあるが、別個のものだ。
 むしろ直立二足歩行する大型の「メカ」とか、大きな意味を持ってくるゲームとか、現代のヲタクが、より想像力を広げやすいメソッドがあふれている。この「メカ」は、映画「パシフィック・リム」でのイェーガーをめぐるあるエピソードに通じるような描写もあり、けっしてメインで使われ続けるメソッドではないものの、とても印象的だ。
 メカとしての機種もいくつも存在するし、戦闘シーンもあり、映像化するとものすごく映えそうに思うのだが、誰か映像コンテンツ化しようというツワモノなプロデューサーはいないだろうか。
 ただし、『USJ』はかなりハードな描写も続出するので、そのままでは現代では企画として通りにくいだろうが。斬首とか、拷問とか、今の時代ではちょっと難しいかもしれない……。

 だから、まずは、想像力をフルパワーで稼働させてみることをおすすめしたい。読書として。
 その結果、かなりエキサイティングなヴィジョンが連続すること間違いない。

 そして行き着く最終章、その意味を知ると……ものすごいドラマが待っている。そこには。なかなかのインパクトになると思う。だからおすすめだ。読まないと損をする!



ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)